幸せは追い求めるものではなく、もたらされるもの

多くの方が、「幸せになりたい」と思っています。そして日々、幸せに向けて頑張っています。仕事に打ち込んだり、婚活を頑張ったり、寝食を忘れて勉強したり・・・。でも、果たして幸せとは努力することで手に入るものなのでしょうか?

今回は幸せについて書いていきたいと思います。

幸せって何?

幸せについて語る前に、まず1つ質問があります。
 
あなたにとって、幸せとは何ですか? 改まってこう聞かれると、すぐに返事が出てこない方もおられると思います。
 
多くの人が、「幸せの青い鳥」のお話のように、幸せとは追い求めるもの、と思っているようです。
 
お金、健康、結婚、仕事、成功・・・。
 
「努力なくして幸せは手に入らない」と、がむしゃらに頑張って、幸せを手に入れようとしている人が大勢います。
 
それは悪いことではありません。何かを追い求めて頑張ることは、自分の充足感にもつながりますし、経済を循環させるためにも必要なことです。
 
ただ、このような、「幸せとは頑張ったご褒美として手にすることができるもの」という考え方は、幸せの一面しか見ていないと言えます。
 
これを信念としている人は、幸せになるためには、まだ手に入れていないモノを得ることに必死になっています。それを得たら幸せになれる、そしてそれを得るためには努力しかない、という公式があるために、いつまでも頑張り続けないといけません。欲しいものを一つ得ては、また次に欲しいものを追いかけ、永遠のイタチごっこに陥るのです。 
 
でも、それを繰り返しているうちに、ふと気づくときが来ます。
 
 
  頑張ってるのに、イマイチ満たされていないなぁ・・・・。
 
  周りにモノは増えてきたけれど、思っていたように幸せではないなぁ・・・。
 
  何でこんなに必死になっているんだろう・・・。
 
  こんなにしんどい思いをすることが、幸福だったかなぁ・・・。
 
 
そう思ったときが、そのサイクルから抜け出すときです。そして、幸せとは実は、頑張った成果として受け取れるというだけでなく、他にも何かあるのかもしれない・・・と、今までの信念に疑いを持ち始めるときです。

価値観の違いが幸せの違い

 
地位も名声も、お金も素敵な伴侶も手に入れて、それでも満たされていない人もいます。逆に、何も持っていなくても、いつもニコニコ笑って、幸せそうな人もいます。
 
この違いは何だと思いますか?
 
それは考え方の違いです。もっと言うと、価値観の違いなのです。

 
価値観が違うと、同じものを同じだけ持っていたとしても、ある人は足りないと感じ、またある人は、十分だと感じます。

そして、何に対して価値を置いているのかは、人それぞれ異なります。だからこそ、モノに価値を置いている人は、モノを手に入れることによって幸せを感じますし、モノに価値を置いていない人は、モノを手に入れても、あまり幸せを感じません。そういう人たちは、モノ以外の何かを手に入れることで幸せを感じるのです。

 
これが、人によって「幸せとは何か?」が違う理由です。そしてその幸せの違いは、価値観の違いと言えるのです。
 

どうやって幸せを手に入れるの?

 
ですので、一概に何が幸せか?を問いかけてみても、人それぞれ、違う答えが返ってくるでしょう。ある人はのんびりすること、と答え、ある人は新しい車と答えます。このように、あなた自身の幸せは、人の幸せとは同じではないかもしれません。
  
それでは、どうやって幸せを手に入れることができるのでしょうか?幸せが人それぞれ違うのなら、それを手に入れる方法も異なるのでしょうか?また、努力は必要なのでしょうか?

例えば、上述のように、Aさんはのんびりできたら幸せ、と思っていて、Bさんは新しい車が手に入ったら幸せと思っているとします。その場合、のんびりできる時間を手に入れるのと、新しい車を手に入れる方法は異なってきますが、ここで、努力がベースになっている場合と、努力がベースになっていない場合(非努力ベース)の幸せ比較をしてみましょう。

 

努力VS非努力

<努力ベースの幸せ>
 
Aさんは数日、遅くまで会社に残り、仕事をしていました。残業は疲れましたが、その代わりに、ゆっくりと1日お休みが取れました。
 
Bさんは、新しい車を買うために、毎月のお給料から一定額を貯金に回していました。やりくりが大変でしたが、毎日コツコツ節約して乗り切りました。その甲斐あって、念願の新しい車を買うことができました。
 
<非努力ベースの幸せ>
 
Aさんは忙しく会社で働く中で、そろそろのんびりできる時間が欲しいなと思いました。そして会社の有給休暇を使って1日お休みを取りました。
 
Bさんは新しい車を欲しいなと思っていました。ある日突然、親戚に大きなお金が入ってきて、Bさんにも分配してくれました。Bさんはそのお金で欲しかった車を買いました。
 
いかがですか?結果は同じでも、努力して手に入れる場合と、努力しないでも手に入る場合があることが分かったと思います。
 
 

幸せは「もたらされるもの」という考え方

 
ここで一度、あなたが幸せを感じるときのことを思い出してみてください。
 
欲しかった服が買えたとき。
いつも厳しい上司から誉めてもらえたとき。
喉が渇いたときの水の一杯。
疲れてクタクタの時のお風呂。
可愛いペットと戯れるひととき。
商談が成立したとき。
友人からサプライズギフトを頂いたとき。
 
努力ベースのものと、非努力ベースのものがあるのにお気づきでしょうか?
 
それでは、上の項目に共通しているものがあるかどうか、考えてみてください。
 
分かりましたか?
 
それは、幸せを感じるときというのは、必ずしも努力があってのことではなく、欲しているものが何であれ、それが叶えられたとき。また思いがけなくもたらされるもの。」、と言えるのではないでしょうか?
 
こうして考えると、幸せとはどこにでもあるものと思いませんか?努力をして手に入れるのも良し、それが向いていないのなら、今持っているものの中で見つけるのも良し。また期待せずとも、幸せがもたらされることもあります。
 
 
 
そして私自身は、この「幸せとはもたらされるもの」という考えをおススメしています。
 
というのは、「幸せとは追い求めるもの」「幸せは努力の結果、手に入れられるもの」という考えでいると、ずっと頑張り続けないといけないからです。私も20代、30代のころは、そう信じて努力を重ねてきたこともありました。しかしそれを続けているうちに、心身ともに擦り切れてしまったのです。確かにある程度の成功は収め、幸せを感じることもありました。しかしその幸せを噛み締める間もなく、心は常に先に向かっていました。そしてある時、幸せになるためにやってきたことなのに、それほど幸せではない自分に気が付いたのです。
 
しかし年齢とともに、人生のあるがままを受け止め、起こることに逆らわずに流れに乗る生き方に切り替りかえてから、努力せずとも、どんどん幸せを感じられるようになってきたのです。
 
 
今は100%、幸せとはもたらされるもの、という思いで生きています。もちろん、努力するということも、良いことだと思います。私ももっと絵がうまくなりたいと思い、スキルを上げるために日々、練習しています。それは、私の心の中にある絵を自由自在に描けるようになりたいな、と思う気持ちからです。そしてその絵をお客様に喜んでいただけたら、幸せだろうなと思うからです。でも、昔のように猪突猛進で突っ走るのではなく、今はそのプロセスも楽しんでやっています。
 
やはり幸せになることも引き寄せで、自分に余裕がないと、良いものが引き寄せられないのだと思います。そして非努力ベースで、幸せとはもたらされるもの、という考えは、いわば、願望を手放ししている状態であるとも言えるのかもしれません。そのせいか、年々、幸せを感じることが多くなってきています。
 
追い求める幸せから、もたらされる幸せに。
あなたも切り替えてみませんか?
 
 
 
 

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