子連れ国際再婚を経て、憧れの国アメリカでの人生再スタート!

アメリカの学校との違いに驚く

前夫との離婚が成立し、一通の間違いメールから出会った、現在のアメリカ人の夫。(そのいきさつはこちらをご覧ください。)

その夫と国際子連れ再婚し、渡米したのは2000年の12月でした。
流れがあまりにも自然ででしたので、当時は永住権を取得したり、引っ越しの大変さに忙殺され、しばらくは夢に描いていたアメリカでの生活も、実感が伴わないものでした。

後ほど、じょじょに喜びが実感として湧いてくるのですが、そのときは、子供たちのことがまず気持ちのほとんどを占めていました。

というのは、長男は7歳になったばかりで、次男は5歳という幼児だったからです。私はいいとしても、子供たちがまったく英語を理解しない環境で、学校に入ってもうまくやっていけるのかどうか。ましてや障害のある子たちです。しかし調べていくうちに、どうやらアメリカのほうが、そういった精神障害のある子供たちに対して、いろいろな治療法があるということが分かりました。

そして実際に、学校に入ってみると、長男の注意欠陥多動症、次男の自閉症および学習障害に対しても、学校側では専門の心療内科の先生がいらっしゃり、定期的に学校内で診察してくださるという制度が整っていたのです。

日本では、「養護学級」というくくりで、身体的な障害がある子供も、精神的な障害がある子供も、同じ学級に入ります。しかしこちらでは、普段は一般の子供たちと一緒のクラスで学び、問題のある部分を課外授業という形で学ぶような形でした。

それ以外にも、たとえば算数が苦手で遅れている子は、その時間、別のクラスに行って、少し程度の低い算数を教えてもらいます。そこでできるようになれば、普通のクラスに戻る、という仕組みになっていました。

また英語に関しても、英語以外の言語を母国語とする生徒を集めて、ELS(English as a Second Language)のクラスが設けられていました。英語がまったくできない子供たちでも、そのクラスで毎日一時間余分に授業を受けることで、どんどん英語を身に着けていくということでした。さすが移民の国、アメリカです。

確かに学校に通いだした当初は、私に対して「何言ってるの?」と、いちいち通訳をお願いしていた子供たちですが、気が付けば、いつの間にか、兄弟どうし英語で会話をしていました。恐るべし子供の力です。

渡米後1か月目に就職

主人には聴覚障害がありました。そのため、主人も心に大きなトラウマを抱えていました。聴覚障害は生まれつきだったのですが、当時は肩からぶらさげるような大きな補聴器しかなく、同級生たちにからかわれたり、周囲の大人たちからも気の毒そうに見られたそうです。

そしてその障害のために、なかなか会社員としての仕事に就けず、当時は国から傷害保険をもらいながら、自宅でオンラインでの物品販売の仕事をしていました。

当時、私は前夫から子供が成人するまで、いくばくかの養育費を受け取る約束をしていました。しかし国からの傷害保険や物品販売の収入を足しても、家族3人が暮らしていくのには心もとない金額でした。アパートの家賃や、そろえた家具や備品などの返済、食費や光熱費、車にかかる経費を計算すると、手元にはほとんど残らないという状態だったのです。また前夫の養育費も、はたしてちゃんと支払ってくれるのかも分かりませんでした。

そうして、私はまた外に働きに出ることにしました。幸い、私が引っ越していったカリフォルニアのオレンジ・カウンティー(通称OC)は、日本人が多く住んでおり、日本の企業やスーパーマーケット、レストランなど何でも揃っていました。しかし当時はまだ右も左も分からない状況でしたので、たまたま飛び込んだスーパーで求人中という広告を見つけると、その足ですぐにその事務職に応募しました。

そうして私は、渡米後1か月で、また働き始めたのです。振り返ってみれば、それまでの人生、いつも働きづめでした。周りの友人たちは、結婚したら専業主婦になるという人も多かったのですが、私はそれを望んでいながら、どういうわけかいつも、私が大黒柱になって働かなくてはいけないという境遇にありました。

今から思うと、それも私の不安感が為せたことなのだと思います。いつも自分に自信がなく、将来が不安でした。いつも「私なんか幸せになれっこない」と思っていました。それがまるで呪文のように心に染みついて、結局それが現実化してしまったのだと思います。

スピリチュアル・セッションを始める

これまでにも書いてきたように、小学校~高校まで、私は極度の対人恐怖症でした。

それは学校に行く以外は、外界との接触がほぼなかったということと、母親から事あるごとに咎められ、なじられてきたことで、すっかり自分に自信が持てなくなっていたからでした。

「こんな絵、人前で描くな!頭がおかしいと思われる!」

ある時、オーラの絵を描いていたら、その絵をひったくって破られたこともありました。それ以来、私は人前ではこういうことはやってはいけないのだ、と自分の能力の扉を閉じてしまったのです。

それでも読書はずっと続けていました。何しろ本を読むのが大好きで、本だけが私と外界をつなぐ唯一のものだったのです。しかも本は家の中であっても読むことができます。

そうして私はあらゆる種類の本を読みましたが、中でも聖書はとても好きな本でした。宗教について書いてある本もよく読みました。そうして古今東西の様々な宗教についても学んでいったのです。しかし私は、私自身のスピリチュアル・ガイドの言葉をいつも受け取っていましたので、こういった本を読むことは、新しい知識を仕入れるというよりは、真実の答え合わせをしている・・・という感じでした。

成人後、そうした不思議なものが見えたり、それを言葉や絵にして表す能力を使って、スピリチュアル・セッションを始めました。母親に強く止められて以来、人前で絵を描いたり、メッセージを伝えたりということは一切なかったのですが、成人してから独立して一人暮らしを始めたので、母親の目を気にすることがなくなったからです。しかしそれは自らやろうと決めたものではなく、ある日、友達に見えるものをぽつっと話したことから、自然と広がっていったものでした。

セッションらしきものを始めたのは日本ででしたが、本格的に始めたのは渡米後のことでした。たまたま近所の公民館で、当時関わっていた仕事のブースを出していたところ、あまりにも暇で、思い付きで始めたリーディングに、思いがけなくお客様が来てくださったのです。それは紙にお客様からくるイメージを花の形にして描き、お渡しするというものでした。

そしてそのことを主人に報告したら、「前からそんな能力があるのは聞いていたけど、それを今後、仕事としてやっていったらどう?きっとそれが君の言う、お役目なんじゃないかな?」と言ってくれました。それが私の独自のリーディング・セッションの始まりとなりました。色鉛筆の代わりに、描きやすいパステルに持ち替え、セッションをしながら同時に絵を描くという、当時、日本においてもアメリカにおいても前例のなかった方法の先駆けとなったのです。

そしてそんな中、日本からスピリチュアル界や自己啓発界の著名人が、ロスアンゼルスで講演会をしたいということで、その主催やお手伝いの依頼が入るようになりました。そうして日本とアメリカの橋渡し的なお役目も頂きました。

また、アメリカ西海岸とハワイに配信されている、地元日本人に大人気のフリーペーパー「ライトハウス」誌において、約1年半ほど、オリジナルのオラクルカードを使ったリーディングコーナーを持たせていただきました。

このカードは、“Twinkle Soul Oracle Cards”といい、当時ハワイのカフナから学んでいた教えにインスピレーションを受け、40枚の絵柄とカードの意味がどっと降りてきたものです。そして、カードを描き終える前から、「エイブラハムの引き寄せの法則」シリーズの出版社、ソフトバンククリエイティブよりアップルデバイスでのアプリとなって配信が決まっていたという、不思議な流れもありました。アプリ部門の閉鎖と契約期間の終了で、現在はアプリ配信はしていませんが、実際に手に取って使うことができるペーパーカードを製作し、販売しています。

また、東日本大震災前に、夢で見た物語をベースに書き上げた「レベル3」というSF小説を、キンドルで電子出版しました。当時はまだ電子書籍が多くはない時代でしたが、多くの方にダウンロードして読んでいただきました。前述のソフトバンククリエイティブの元編集長で、現在は「宇宙のエバンジェリスト」として活躍されておられる錦織新さんからは、「スピリチュアル・エンターテイメント」という新しいジャンルを命名していただきました。現在は、紙の書籍で出版されるイメージがあり、キンドルからは外しています。

無我夢中で過ごしてきた中で、今まで気が付かなかったことが見えてきたのもこのころです。

今まで運に見放されたというような私の人生でしたが、気が付けば、いろいろなことが叶っていたのです。

例えば、私の幼いころからの憧れだった、アメリカという国に住んでいること。私はアメリカのテレビ番組で大きな家や、偉大な自然を見ては、さまざまな豊かさをアメリカに抱いていたのです。そして英語や英語の音楽や映画が好きということもあり、いつかアメリカに住めたらいいなと夢見ていたのでした。

そして優しいパートナーと子供たちに恵まれ、温かい家庭を築いていること。これも私が幼少のころからの家族愛に飢えていた経験から、「普通の、温かい家庭が欲しい」と願い続けてきたことでした。

また、ずっと仕事をして忙しく働いてきた私ですが、これもワシントン州に引っ越してきたことで、今はこれもまた夢に描いてきた専業主婦として、会社での仕事を辞め、のんびりと暮らしています。

私のこれから

これまでお話してきた通り、私のこれまでの人生は、「普通ではない」ものでした。

ヤクザの父、そのお妾さんの母。母やお手伝いさんからの虐待、同級生からのいじめ。人に見えないものが見えること。

そして結婚してからも、家庭内暴力や、障害を持つ子どもたち、金銭苦、離婚、シングルマザーと、あらゆる辛酸をなめてきました。

当時はこのまま生きていても、苦しいばかりだと絶望し、命を絶つことを考えたこともありました。私が経てきた経験は、どこを取っても普通ではなく、辛く悲しいものでした。「どうしてうちの両親は、会社員のお父さんと、主婦で家にいてくれるお母さんでなかったのだろう」と、ごく一般の家庭をいつも夢見ていました。そしてそれがいつしか、私自身の夢となっていったのです。「ささやかでもいい。幸せな笑いの絶えない家庭を築きたい」と・・・。しかし起こってきたのは、それと逆行するような出来事ばかりでした。

しかし今、私は、それらの出来事を感謝して受け止めています。それは、これまでの私の人生が普通ではなかったからこそ、今のこの幸せがあるのだと分かるようになったからです。闇のあるところ、光もある。闇の存在があるからこそ、光の存在が分かり、闇が深ければ深いほど、より光の明るさを感じることができるのだと・・・。

また、私はいつも孤独だと思ってきましたが、実はそうではなかったことにも気づきました。私の主人、子供たち、友人。私はこれまで、私のあるがままの存在を受け止め、感謝すらしてくれる、そんな存在に見守られ、支えられてきたのです。

そして今、お客さまとこうしてセッションができるのも、生まれながら授かった不思議な能力や、これまでの辛い経験の賜物だと実感しています。今となれば、すべては、さまざまな問題を抱え悩むお客さまの気持ちに寄り添い、適格なアドバイスを差し上げるための出来事だったのだと分かるのです。

そしてまた、生まれるやいなや、私の存在を拒否した母親でさえ、サンドバッグのように私を殴った元夫でさえ、私の人生ドラマにおいて、それぞれの役を演じていただけと分かりました。もちろん当時は、とてもこのような心境にはなれず、母や前夫が憎くてたまりませんでした。

しかし、今なら分かるのです。私の今の幸せは、誰が欠けても得ることができなかったということが。そう考えると、宇宙の采配の完璧さ、人生の完璧さ、私自身の、そして周りの人々の完璧さに頭が下がる思いです。

また、前夫ですが、あれから彼は両親の死を見送り、再婚せず、一人で頑張って生きています。どこも長続きしなかった仕事も、今は同じ会社に15年以上勤務しているそうです。たまに連絡が入るときは、とても穏やかな口調で、以前の短気な姿が嘘のようです。その変化を考えると、やはり彼も、私の人生ドラマにおいて、悪役を演じてくれていたのだなと思うのです。

私はスピリチュアル・カウンセリングを通して、お客様が抱える様々な問題に、ガイドからのメッセージをお伝えすること、そして私自身の今までの経験からのアドバイスを差し上げることができればいいな・・・と思っています。それによって、お客様の心を少しでも軽くすることができたら、幸いです。そしてまた、私のアートが、お客様にとって喜びや希望を与え、本来のお一人お一人の輝きを思い出す助けとなれば嬉しく思います。

これまでの私自身の潜り抜けてきた経験こそが、私の持っている全てです。お客様の問題や悩みを聞くごとに、私にも思い当たることがあり、そのたびに、「これまでの私の経験が、やはりお客様のお役に立つためのものだったのだな」と再確認するのです。

これから先、私は何年この世に滞在するか分かりませんが、まだ出会っていない方とも、新たなご縁が繋がりましたら嬉しく思います。そして私との出会いが、皆さまの人生にとりまして、何か暖かい、ほっとするひとときをもたらすものになればいいなと思います。

私のこれまでの半生。良い人生だったと思います。

そしてこれからの人生も、より良きものにしていきたいと思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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私のプロフィール①⇒何もかも人と違っていた私の半生

私のプロフィール②⇒不思議な世界に住んでいた幼少時代

私のプロフィール③⇒「火付け(パイロキネシス)」と言われた青年期

私のプロフィール④⇒英語と海外生活と最初の結婚

私のプロフィール⑤⇒結婚後も続く苦難、そして一筋の光

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